【対談集】この人に会いたい【第1回】
- Bogie
- 2018年2月26日
- 読了時間: 9分
中世音楽演奏家 Sally Lunn(サリ・ラン)さん。

日本ではまだまだ珍しい「中世音楽」の演奏家。
日々精力的に音楽活動をされる中で、立川の
CAFE「あちゃ」にて、7月某日夜。
この日「あちゃ」で開催された音楽活動の一つである
「トラッドセッション会」のスタート前インタビューさせて頂く事が出来た。
(ゲスト:サリ・ランさん
インタビュアー:シン マサノリ)
シン)※以下、シ)
先ずはSally Lunn(サリ・ラン)さんと中世音楽との、出会いについて聞かせて頂けますか。
サリ・ラン)※以下、サ)
私がまだ愛知県に居た頃、名古屋のとある家具店を訪れた時の事です。
店主の奥様が音楽をされている方で、店内のスペースでリコーダの演奏会があるから
行ってみないか?と、知人に誘われたのがキッカケでした。
店内には家具に混じって、珍しい古楽器が展示してありました。
それを見た私は、「これは一体何だろう?」と興味を惹かれ、少し触らせて
貰ったのです。
その楽器の音色はとても素晴らしく、私は今までにも音楽経験が有ったのですが、
それまで自分の持っていた感覚とは少し違うサウンドに、衝撃を受けたのですね。
その時、家具店で古楽の普及活動をされている方がいらっしゃって、
店内の色々な楽器を演奏して頂いたり、古楽の事について教えて頂きました。
それからと言うもの、結構長い期間その家具屋さんには足しげく通っていましたね。
シ)家具では無く、楽器たちに会いに・・・!?
サ)そうですね(笑)
ヨーロッパの田舎風や、アンティーク調の趣のある家具の中に、
リュート、チェンバロ、パイプオルガン、プサルテリウム等の美しく繊細な天然素材の
古楽器が点在している。そこはまるで、私にとっての楽園でした。
店主は家具の廃材から古楽器を作っておられ、当時の楽器についてとても詳しく、
古楽器製作の事や素材と音とのバランス、古楽を知り、慈しむ喜び等
様々なお話を楽しく伺いながら、私も古楽の深い森に入って行く事になりました。
古楽の中に、中世音楽と言うものが有ると知ったのもその時でした。
シ)中世音楽の前に、先ず楽器と音との思いがけない出会いがあったのですね。
サ)ただただ、楽器の音の響きに衝撃を受けました。それが最初ですね。
シ)ヨーロッパの中世音楽とは何ぞや?と言う方達に、イメージを分かり易く教えて頂けますか。
サ)先ず、ざっくり言うと、音楽的には今から700年以上前・・・
5、6世紀~14、15世紀頃が中世の時期と言われていて、
クラシックや、ジャズや、ポップス等の音楽は存在していなかった、
私達が現在耳にするような音楽が生まれる前の、今よりずっと昔の人々が演奏していたものです。
そして、時代の流れと共に失われてしまった当時の音楽を、残された文献等を元に
研究・再現されたもの。現代版中世音楽と言ったら良いでしょうか。
分かり易い音楽イメージだと、教会で歌われているグレゴリオ聖歌の響き、
中世の時代やイメージが根底にある文学作品では「アーサー王伝説」「ロビンフッド」など。
マルコ・ポーロの「東方見聞録」「ジャンヌダルク」等も、中世の時期に入りますね。
森、城壁、都市、城、修道院、吟遊詩人、騎士、放浪楽士。
その時代に有った事柄を人々に語り伝える人達がいて、それに合わせて演奏される音楽。
教会での祈り、讃美歌、奇跡の物語歌、叙事詩、劇音楽。
宮廷詩人が貴婦人に捧げる愛の歌、村祭りの踊り。
録音、テレビ、パソコン等無かった時代の、生の音楽が人々の生活、社会に
リアルに存在していた事。そういったイメージだと思います。
シ)Sally Lunn(サリ・ラン)と言う演奏家名の由来を聞かせて頂けますか。
サ)これはですね。
実はイギリスのバースと言う街で売られている、砂糖とバターをたっぷり使った
Sally Lunnと言うパンから名を借りています。
このパンは中世からあると聞いていて、その起源には諸説有り
1つは、サリー・ランと言うフランスから来た女性が、イギリスのバースの街で
フランスのパンを広めたと言うお話。
もう1つは、パンの名前の語源がフランス語の「ソレイユ(太陽)・リュンヌ(月)」から
来ていて、パンの表はこんがりと焼けているからソレイユ=太陽。
裏面は白いので、リュンヌ=月。太陽と、月と。
それがイギリスで訛り、サリー・ランになったと言うお話。
なぜこの名を借りたかと言うと、太陽と月は陽と陰、明と暗。
自分自身も中世音楽を演奏して行く中で、陰と陽、光と闇を強く感じる事が多く、
音楽のメロディだけではなく、それぞれの楽器が持っている個性にも、
そういったものが有るなと。
自分の音楽を総括するものであるなら良いなと、Sally Lunn(太陽と月)を借りています。
シ)演奏される楽器について教えて頂けますか?

サ)メイン楽器は特に決めておらず、ライブで良く演奏する楽器としてはプサルテリウムですが、これは日本で言う「お琴」に
近いものです。
箱に弦が張ってあり、指や鳥の羽根で
爪弾きます。
中東から渡って来たもので、ヨーロッパ各地で広く使われていたようで、中世の絵画や彫刻にも、数多く登場しています。
次に中世ハープ。このハープはとても
小さなものです。
起源については諸説有りますが私が好きな説は中東、エジプト、アフリカから伝わった、と言うものですね。
ボディの材質は木から出来ていますが、表面板の部分は当時は動物の皮が張られていた可能性も有ったのではと想像しています。皮張りのハープだとしたら
日本の三味線の様に、もっとアジア的なサウンドが中世の城や都市で響いていた
のではないか・・・と思うとワクワクします。
シ)弦楽器以外にも、笛も演奏されますね。
サ)私が使っているものは竹の笛なのですが、これは日本製です。
ヨーロッパでは”アシ”やエルダー等、枝の中心に元々穴のあいている植物が、
使われる事が多かったのではないかと思います。
構造的には円柱で中は空洞、表面に指穴が開いている、とてもシンプルなものです。
中世の笛は絵画等を見ても、棒に穴が開いているだけの様な、とても簡素なもの
ですが、皆さんが小学校等で1番最初に手にするリコーダー。その起源の楽器です。
この竹の笛は、民族音楽に適した抑揚、息の吹込みによる表現の幅が広く、
中世の手触りあるサウンドにとても向いていると感じています。
バロック時代のリコーダーの透き通った芯のある音色よりも、より雑味のある息遣いを
感じられるような素朴な音色です。
シ)バグパイプの方は如何ですか。
サ)私の今吹いているバクパイプはドイツの小さなバグパイプ、ヒュンメルヒェンと言うものですが、日本で一般的によく知られている、スコットランドのバグパイプ等に比べて、楽器の大きさも音量も、よりコンパクトなものです。
正確な形状は分かりませんが、中世でも各地でバグパイプは多く演奏されていた様で、
当時の絵画にもバグパイプを吹く楽士の絵が数多く登場します。
私の楽器の中で、プサルテリウムとハープは静かな音、聖なる楽器。
笛とバグパイプは賑やかな音、世俗的。そういった意味合いで演奏する事が多いです
シ)影響を強く受けた演奏家、または楽曲は有りますか?
サ)先ず最初に挙げたいのが「カテリーナ古楽合奏団」。
日本における70年代古楽復興時代の代表的なグループで、最初の出会いは
”Ductia”と言うアルバムの録音を聴いたのが、日本で本格的に活動している古楽演奏家との
初めての出会いでした。
次に海外のバンドで、「アンサンブル・ユニコーン」「オニ・ヴィータルス」
前者ではリーダー、後者ではメンバーの一人である
ミヒャエル・ポッシュ氏は素晴らしい笛奏者でもあり、
かなり影響を受けています。彼の笛の音色や表現は一つの憧れですね。
彼らの音楽は演奏スタイルが凄く、グルーヴ感、疾走感、ゆらぎを感じ
一言でいうとカッコイイ!
ロックの様な新しさ、心を瞬時に鷲掴みされる様な魅力が有ります。
もう一つ挙げるとすると、エドゥアルド・パニアグア氏が率いているグループ。
彼はスペインの方なのですが、中東の民族楽器や演奏家を中世の音楽にミックスさせて
非常に手触りの有る・・・言うなれば土くさいサウンド、日々の暮らしの中の合奏。
人々のコミュニティ。当時の匂いを放っているかの様な深い呼吸、悠久の時間を感じます。
彼らの数多くの取り組みの中の、僅かな音源を聴いただけの印象ですが、
私が「あぁ、良いな」と感じて、自分もそう成れたら良いなと言う、夢・・・ですね。
シ)もうお1人、挙げておきたい方がいらっしゃいますか。

サ)ヒストリカル・ハープ奏者の
ヴィセンテ・ラ・カメラと言う人が
います。
私が現在使っている小さなハープを譲ってくれた人です。
スペイン・カナリア諸島から一度来日公演をしています。
ビセンテの演奏は、私は大分前からネット上での動画で知っていたのですが、
その動画の中で、彼が実際に弾いていた中世の二列弦ハープの演奏に強い魅力を感じていました。
それは、静かだけれど情熱を感じるかの様な、魂に訴えかけるかの様な表現。
その後、来日時に直接本人にお会いすることができ、ライブで共演する機会にも恵まれました。
その時に、彼の持って来たハープ。2列に弦が配列された、
ロマネスクタイプのハープを譲り受けた訳です。
そのハープは今も使い続けています。
彼からはハープの表現と、音楽に対する精神的なものも教て貰いましたし、実際にお会いして
僅かながらでも同じ時間を過ごした事で、受けた影響はとても大きかったですね。
シ)演奏家として、今後の活動や展望をお聞かせ頂けますか。
今までは様々な国やシーンの音楽をやって来ましたが、ある特定の分野で、
更に力を入れて行きたい分野が有ります。
まず、オクシタニアで花開いた、トロバドールと呼ばれる中世の歌人の音楽。
その歌詞の言語(オック語)を含め、理解を深めて行きたいです。
オクシタニアの中世音楽はとても雅であり、ゆらぎも感じます。
楽器を伴い、歌う。言葉が、とても重要。
それから、14世紀後半のイタリアの写本に残る、「イスタンピッタ」と呼ばれる器楽曲。
中東の古典音楽、アラブ・アンダルースのモロッコ古典音楽に通ずる様な所が有り、
当時のヨーロッパが地中海周辺国から受けたと思われる影響を、
自分が演奏し、体感する事で紐解ける所があれば模索して行きたいですね。
その方向性の中で、古楽のフィールドだけでなく、ヨーロッパより東の地の
音楽や、様々な奏者の方々とも関わって行きたいと思います
シ)ファンの方々や、中世音楽に興味のある人達に何かメッセージを。
サ)中世音楽をやっている人はまだまだ少ないですし、触れる機会も余り無いかも
しれませんが、もしも、中世音楽や古楽器に触れる事が有って、「コレ、イイな!」
と思ったとしたら、是非その感覚を大切にして下さい。
自分でも、もしやってみたいと思ったなら、身近なものでもやってみると、
聴くだけの時よりも全然違ってくると思います。
それが引いては、日本に置ける中世ヨーロッパ音楽の普及、拡大、活性化に
繋がって、音楽を聴ける機会、やれる機会に繋がり、楽器を手に入れる事も
容易になればと願っています。
シ)そして、いつか一緒にやりましょう!と。
サ)はい♪ 是非一緒に音を奏で、歌い、踊りましょう!